ケンフカザワ 米国音楽活動名義 ケンスズキ/Ken Suzuki バイオグラフィ

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彼の音楽生を一つのジャンルにまとめる事は難しいが、クリエイターとしてエレクトロポップの強い影響とジャズ、ロックのセンスを感じる。

彼が作り出すサウンドの媒体はいろいろだが、その中でも彼が使っている楽器のひとつにギターが上げられる。18歳で上京しジャズギターの岡村誠史氏から師事を受ける。

その2年後ブルーズギターのB.B.KINGに感銘を受け、もともとロックを志していたこともあり1992年ロスアンゼルスにわたりブルーズロックバンドを結成し,そこに活動拠点を置いた。

ここで彼は多様なジャンルそして数々のミュージシャンたちと活発に活動した。ロスアンゼルス、ハリウッドを中心にオルタネイティブロック、ブールーズロックのギターリストとして成長し、作曲のノウハウを培う。

1993年ロスアンゼルダウンタウンのバーで共演した作曲家、編曲家の河内慶/KEI KAWAUCHIと巡り会う同年K2プロジェクトを発足させ数々の提供用の楽曲の制作を始めた。河内とは現在でも親友であり、音楽的に影響を受けた存在でもあった。

1995年 80年代に活躍したヤンキーローズ/当時Sun Goddessのシンガーソングライターのデイビー・デイビットソンによって作曲/ギターリストとしてバンドに向かいいれらる。この時期バックボーカルとしての力量も発揮していた。

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1996年 自身のロックバンド Magnolia's Voxを結成し、ロスアンゼルス全域で活発に活動した。ブルーズだけではなくレゲエやパンクの要素を取り入れたオルタネイト色を強めた物であった。

1997年 日本へ帰国、そのころ盛んであったアンダーグラウンドクラブシーンに強い感銘を受け DJとのコラボレーションを始める。このころエレクトロニカの影響を受け始める

同年,友人であるDJ.MAC-p とミクスチャーバンド『エアーズロック』を結成、地元を中心にライブを行なった。

1999年 音楽的にジャズの要素を強め再びロスアンゼルスに戻り

エルカミノ大学に入学、ジャズバンドクラブに入部した。

同年フラトンカレッジジャズフェスティバルでバンドが3位になる。フラトンカレッジに編入、ここでレコーディングエンジニアリングと作曲、ジャズギターを学ぶ

2003年 ボストンのバークリ−音楽大学に入学ジャズギターと映画音楽を学ぶ

2007年 プロデューサー ミゲル・ペソアによって同年アルバム『エレクトロシンフォニー』を制作、発表する。

 


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今の音楽性は実の父である抽象画家深沢靖忠の(故)からの強い影響だと信じてる。父の数々の作品から無限の自由を幼い頃から感じ取っていました。その強い影響からさらに自由な音楽を求めた。深沢靖忠の作品は時間の流れを平面に表現している。ひとつのモチーフをある方向性(時間の流れ)にそって展開して行く。今回のアルバム『エレクトロシンフォニー』はまさにこれによるものだ。                           

少年期音楽年表